2009年01月12日

6番 伊佐爾波神社

6番 伊佐爾波神社

松山市道後湯之町4

伊佐爾波神社地図.jpg

今回のスポットは、伊佐爾波神社。
道後温泉駅前から見ると、坂の先の石段の上です。

道後温泉駅前から伊佐爾波神社方面.jpg

伊佐爾波神社入口の鳥居.jpg

5番 宝厳寺からでしたら、ネオン坂を
再び下ってきてもいいのですが、
地図にあるような、裏道、抜け道もあります。

抜け道案内.jpg

伊佐爾波神社から、宝厳寺に向かうには、
写真のように抜け道の案内看板もあります。

伊佐爾波神社石段.jpg

長い石段は、135段。
お暇なら数えてみてください。

伊佐爾波神社正面.jpg

石段を登りきると、桃山風の立派な社です。
日本三大八幡造りの社殿です。

重要文化財の看板.jpg

このとおり、重要文化財です。

伊佐爾波神社は、古くから、湯月八幡神社と
呼ばれていたそうです。
この神社は現在の道後公園、伊佐爾波岡にあったそうです。
1335年、河野氏が湯築城を構える時に
現在の所に移されました。

社殿は1667年第三代松山藩主松平定長が、
流鏑馬の成功のお礼に建立したそうです。

伊佐爾波神社スタンプ台説明.jpg

河東碧梧桐のスタンプ.jpg

栗の花
 こぼれて居るや
  神輿部屋
    河東碧梧桐


河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)
明治6年(1873年)2月26日 - 昭和12年(1937年)2月1日)
日本の俳人・随筆家。

愛媛県温泉郡千船町(現・松山市千舟町)にて
松山藩士で藩校・明教館の教授であった河東坤(号・静渓)の
五男として生まれる。
本名・秉五郎(へいごろう)。
少年の頃は正岡子規の友人で海軍参謀秋山真之を
「淳さん」と敬愛していた。



碧梧桐が句に詠んだ神輿部屋。

伊佐爾波神社神輿部屋.jpg

木漏れ日を感じさせる句です。

大唐人神輿.jpg

伊佐爾波神社には、有名な算額が奉納されています。

算額001.jpg

算額(さんがく)とは、江戸時代の日本で、
額や絵馬に数学の問題や解法を記して、
神社や仏閣に奉納したもの。

算数や数学は、苦手な私。

算額002.jpg

少し興味はありますが、次の機会に。。。

伊佐爾波神社の回廊には、
奉納された額が多くあります。
その一部をご紹介します。

奉納額001.jpg

奉納額002.jpg

奉納額003.jpg

奉納額004.jpg

奉納額005.jpg

奉納額006.jpg

奉納額007.jpg

奉納額008.jpg

奉納額009.jpg

奉納額010.jpg

奉納額011.jpg




建物の周りには句碑、歌碑もあります。

加倉井秋を句碑.jpg

加倉井秋を句碑拡大.jpg

伊狭庭の
 湯はしもさはに
   梅咲けり

      加倉井 秋を


加倉井 秋を
本名は昭夫。1932(S7)東京美術学校(東京芸大)建築科卒。
建設会社数社を経て、'69(S44)武蔵大教授。
1936(S11)より「あきを」の号で
『馬酔木(あしび)』に投句。
1938「秋を」と改め『若葉』に投句、
以来、富安風生に師事。
戦後、安住敦らと俳句作家懇話会を結成、
同人誌『諷詠派』創刊。結核自宅療養後の
1955愛媛療養所機関誌『冬草』雑詠選者となり、
1959より同誌を東京に引きとって主宰。
弟の加倉井和夫は日本画家。


松山に、こんな立派な神社があったの?
伊佐爾波神社を訪れた多くの方の感想です。

伊佐爾波神社斜めから.jpg

伊佐爾波神社003.jpg

伊佐爾波神社001.jpg

伊佐爾波神社本殿002.jpg

伊佐爾波神社本殿.jpg

伊佐爾波神社裏.jpg

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


posted by dougo at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 伊佐爾波神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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